【勝海舟生誕200年記念】クラウドファンディング「家族展を実現させたい!」プロジェクト

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更新日:2022年3月18日

\プロジェクト達成のご報告/

おかげさまで目標額の300万円を大きく上回る5,973,000円(63件)のご寄附を賜り、プロジェクトの目標額を達成することができました。

多くのご支援とともに、温かなお言葉もいただき、深く感謝申し上げます。誠に有難うございました。

お寄せいただいたご寄附は、2023年に実施する「家族展」で展示する資料の修復や解説映像の制作に使わせていただきます。
「家族展」実現のために活用させていただいた後の残額は、勝海舟記念館の資料の購入及び修復等に大切に使わせていただきます。

 私ども記念館職員は、この度の皆様のご厚意に応えるべく、海舟生誕200年を迎える2023年の「家族展」実現に向け、全力で取り組んでまいります。
 アフターコロナを見据え、皆さまをお迎えすべく、魅力ある記念館としての運営を図ってまいりますので、引き続きご支援のほど何卒よろしくお願いいたします。

【勝海舟基金について】
より魅力的な記念館として運営し続けられるよう、勝海舟基金は現在も募集中です。
引き続きのご支援・ご協力のほど心よりお願い申し上げます。
勝海舟基金の詳細はこちら

プロジェクト詳細

勝海舟生誕200年記念 クラウドファンディング 「勝海舟の「家族展」を実現させたいプロジェクト

“プロジェクトへの参加方法”や“返礼品”については、このページの下部でもご案内しております。

2023年は海舟誕生200年

ファン熱望の「家族展」を実現させたい!

勝海舟肖像写真

勝海舟記念館では、ご来館の皆さまから「海舟とその家族に関する展示」を求める多くの声をいただき、その声に応え 海舟生誕200年となる2023(令和5)年に海舟の業績を家族の視点から紐解く“家族展”を計画しています。

“家族展”は、海舟を支えた家族の視点から江戸無血開城等の海舟の仕事ぶりや幕末明治期の動きをたどる新しい切り口の特別展です。前期は【江戸/幕末期編】の展示、後期は【明治期編】の展示を予定しています。

しかし、この“家族展”でご覧いただきたい貴重な資料の中には、著しい劣化により現状のままでは展示できないものがあります。

勝海舟の“家族展”のプロジェクトを実現させるため、クラウドファンディングによるご寄附を募りますのでご支援の程よろしくお願いいたします。

未公開資料を修復し 目指す“家族展”を完成させたい!

当館収蔵資料の中には、150年以上の経年による劣化で、現在の状態のままでは展示が困難なものがあります。そのなかには、古文書以外に、絵画や写真類、図面等、豊かな資料の数々が含まれています。

本プロジェクトでは、そのなかでも“家族の歴史に関係が深い資料”を修復し、生誕200年記念特別展をより興味深くご覧いただけるものにしたいと考えています。本展を通して、幕末~明治における海舟の事績が、身近な人々によって支えられていたことをお伝えいたします!

クラウドファンディングで実現させたいこと

【1】現状では公開できる状態ではない以下資料の修復等
・海舟の自邸「赤坂氷川邸」の図面
・川村清雄が描いた海舟の親族の肖像画(3点)の修復

【2】海舟や家族の様子を体感していただける、ナレーションによる特別展の解説映像の制作

(注釈1)目標金額に達しなかった場合も、目標金額以上の寄付を頂いた場合も、頂いた寄付金は「家族展」に係る費用として大切に活用させていただきます。

家族展までのスケジュール

2022年4月〜 資料の修復や複製の制作、解説映像の制作開始
2023年7月〜12月 生誕200年特別展「家族展」開催

家族展の構想を一部ご紹介!記念館にしかない貴重な資料の数々

【1】修復と複製:海舟の自邸「赤坂氷川邸」敷地の全体像を伝える図面

多くの人々が海舟に相談や助言を求めるために訪れた「赤坂氷川邸」

明治時代、多くの人々が海舟に相談や助言を求めるために訪れた赤坂氷川邸。洋画家「川村清雄」やジャーナリスト「徳富蘇峰」が一時期敷地内で生活していたことでも知られます。

1868年(明治元年)、江戸城明渡しの完了後、「徳川宗家」が駿府へ移転し、海舟一家もこれに従い同年9月3日に駿府(静岡)に引っ越しました。

その5年後の1872年(明治5年)8月、東京へ戻ってきた海舟が移り住んだ先が赤坂氷川邸でした。赤坂氷川邸は、海舟が5500石の元旗本・柴田七九郎の屋敷を購入してから、1927年(昭和2年)に旧氷川小学校が同地に移転するまでの間、勝家の本宅であり続けました。

現在は、往時の様子をわずかに伝えるものとして、赤坂氷川邸の長屋門が練馬区の三宝寺に移築し保存されています。

「赤坂氷川邸」の全貌を知ることができる貴重な資料「勝伯爵邸平面図」

「勝伯爵邸平面図」

そんな赤坂氷川邸の様子は、海舟と親交のあった教育者「巖本善治」ほか、訪問者の証言や記録、川村清雄が「海舟書屋」を描いた絵から、断片的に知ることが出来ますが、全貌を知ることは困難でした。

そのようななか、赤坂氷川邸の敷地内の全体像を伝える貴重な資料が、当館の「勝伯爵邸平面図」です。明治期、政府高官の間で西洋風邸宅の建築が隆盛する中で、勝伯爵邸は質素堅実を旨とする海舟の気風を反映し、前身である旧旗本屋敷の様式を保った邸宅でした。

本図は、その様子を窺い知る手がかりとして貴重な資料です。

本図の状態は悪く、経年劣化による四辺や折れ目の破損・断裂が見られます。また、紙質による折れや巻きの癖の強さにより、今後急速な朽損の進行が懸念されます。

本図には何度も補修された痕があり、勝伯爵家の人々によって邸宅の改築や修繕等の際にしばしば使われていたようです。往年、勝伯爵家にとっても極めて重要な「家資料」であったことが窺われます。

修復と複製で後世へ伝える

「勝伯爵邸平面図」

このような資料は他に類を見ず、一度損なわれてしまうと、再び赤坂氷川邸の様子を知ることは困難になるため、修復を行いたいと考えています。さらに、原資料は大版であるゆえ、現物での展示構成が困難なため、展示可能なサイズに縮小した複製資料を制作いたします。

現状では、資料を開くことが困難なため、調査研究が進められていません。海舟が伯爵となった1887年(明治20年)5月9日以降の図面ということが分かっているのみです。

修復し図面を読み、調査を進めることができれば、資料の年次比定や、その他新たな事実の解明につながります。敷地内における家屋の配置などが分かることで、勝家の生活の実態を空間情報と共に具体的に把握することが可能となり、明治期の海舟らに関するエピソードにも資料的根拠を与え得るものです。

修復が達成されたあかつきには、複製資料を制作・公開して、調査研究の成果を皆さまにご報告いたします。

【1】修復:川村清雄が描いた、未公開の海舟の親族の肖像画

修復する肖像画は海舟親族の3名

(1)海舟の生母「信(のぶ)」:『夢酔独言』の著者としても有名な勝小吉(こきち)(夢酔)の妻。先立った夫に代わり明治初年までの海舟の仕事を留守宅から支えた。

(2)海舟の次男「四郎」:海舟が嫡男小鹿(ころく)とともに将来を嘱望しながらも、幕末、10代前半に早逝した。

(3)小鹿の妻「栄(えい)」:海舟の嫡男で病弱だった小鹿を献身的に支えながら、自らも若くして世を去った。

今回修復するのは、海舟の親族3人の肖像画。
肖像画に描かれた「栄」を除く2人は、これまで写真等が確認されておらず、その姿を見ることはできませんでした。本資料は、これまで誰も知ることのなかった家族の姿を今に伝える貴重な資料です。

これらの油絵は、幕末~明治時代に表舞台で華々しく活躍した海舟を、影で支えた家族の存在を現代に伝える資料です。いずれも、日常的に飾られていたためか、表面に埃やヤニなどの汚れが付着しています。また、経年の劣化により木地自体の腐食や油絵の剥離も見られます。

海舟を支えた人々の存在を現代、そして後世の人々に伝えていくため、修復を行い制作当時の状態を蘇らせます。

明治時代の洋画家 「川村清雄」

これらの肖像画は、川村清雄(1852-1934)によって描かれました。川村清雄は、明治時代の洋画家で、祖父は初代新潟奉行を務め、海舟とも交流があった川村修就(ながたか)です。幼い頃から日本画・洋画を習い、1871年(明治4年)に徳川宗家の給費留学生として渡米した際に絵画の才能を見出されました。

本格的に絵画を学ぶためにフランス、次いでイタリアに渡りベネチア美術学校で洋画を学び、帰国後は、大蔵省印刷局に勤めたり、東京麹町に絵画の塾を開いたり、明治美術会の創立に関わるなど精力的に活動し、「江戸城明渡の帰途(勝海舟江戸開城の図)」(東京都江戸東京博物館蔵)や「形見の直垂」(東京国立博物館蔵)など多くの絵画を残しています。

そして、そんな川村の活動を公私共に支えた一人が海舟でした。川村が海舟の親族の肖像画を描いたことや、海舟が川村を赤坂氷川邸の敷地内に住まわせたことから、海舟が川村を家族同然の存在として遇し、厚い信頼を寄せた絆が垣間見えます。

海舟と川村。二人の親密な関係。

ある時、海舟は江戸幕府歴代将軍の肖像画の制作を川村に依頼しました。川村はこれを受けますが、彼が23点の作品を携えて再び海舟のもとに参上したのは、依頼から1年半を経た頃でした。

海舟は、長らくの無沙汰と期間内に作品を完成させられなかった川村を激しく咎めます。持参した作品に一瞥もくれず「全て破り捨てて、切腹してしまえ」と言い放つのでした。激昂する海舟でしたが、それでも川村は怯まずに作品を披露しました。

作品を見た海舟は大層驚きます。それは海舟が尊敬する第14代将軍・徳川家茂の、衣冠束帯を身にまとった見事な肖像画でした。さらに、23点の作品群の中には、鉛筆で描いた海舟の肖像画もあったのです。

海舟は、川村の作品の写実性の高さ、有職故実の研究や丹念な聞き込み調査等、制作に対する真摯な姿勢に感心し、赤坂氷川邸内に川村専用のアトリエを設けるなど、生涯を通して川村の活動を支援しました。

赤坂氷川邸の柿の木の下にあったアトリエをお題として、川村と海舟は次のように歌を詠み合ったといいます。

川村「へたなから 絵師なれハこそ 柿の本 和歌ならなくて 馬鹿の人麿」海舟「清雄さん 油を売らす あふら画を つとめてかけよ 此柿の本」

【2】特別ナビゲーターのナレーションによる特別展の解説付き映像制作

【勝海舟記念館2階講堂の映像展示の様子】


「特別ナビゲーターによるナレーションで海舟や家族の様子、その時代を、活き活きと臨場感をもって体感してほしい!」

そんな思いから、海舟について家族が語る特別な展示解説映像の制作を構想しています。海舟と家族に関わる書簡などの資料から紐解き、今まで知られていなかった物語を明らかにしていきます。

目標金額

3,000,000円

募集期間

令和3年10月1日(金曜日)~12月31日(金曜日)

返礼品

■一覧
寄附金 特典内容
大田区民以外のみなさま・法人の方 大田区民のみなさま
3千円以上 ・勝海舟記念館ご招待券(1枚)
1万円以上 ・年間パスポート 又は ご招待券(4枚) から選択
・扇子(非売品)(注釈1)
10万円以上 ・寄附者名(個人・法人等)を銘板に掲載(任意)
・年間パスポート 又は ご招待券(4枚) から選択
・扇子(非売品)(注釈1)
・寄附者名(個人・法人等)を銘板に掲載(任意)

(注釈1) 1万円以上の寄附を複数回お寄せいただいた方の記念品は、ミュージアムショップグッズの中から1点を選択していただけます。 該当者には別途ご案内させていただきます。

  • 希望される方は、ホームページに寄附者名(個人・団体等)を掲載いたします。
  • ホームページへの掲載は一定期間とさせていただきます。
  • 銘板は、原則として4~9月までの寄附受領分は10月下旬、10~3月までの寄附受領分は4月下旬を目途に制作します。詳細はお問い合わせください。
  • ご招待券や年間パスポート、記念品は、入金確認後、概ね1か月以内にお送りします。

-大田区民のみなさまへ-
 地方税法等の一部を改正する法律(平成31年法律第2号)の制定に伴い創設されたふるさと納税指定制度に係る総務省の告示(平成31年4月1日付け)を受け、区民のみなさまからいただいたご寄附には返礼品をお渡しできませんが、何卒ご理解の程よろしくお願いいたします。10万円以上ご寄附いただいた場合の銘板は館内に掲載させていただきます。法人及び区民以外のみなさまの場合は、変更ございません。
御理解の程お願い申し上げます。

プロジェクトへの参加方法

本プロジェクトは、令和3年12月31日をもって終了いたしました。
応援してくださった皆さま、誠にありがとうございました。

より魅力的な記念館として運営し続けられるよう、勝海舟基金は現在も募集中です。
引き続きのご支援・ご協力のほど心よりお願い申し上げます。
勝海舟基金の詳細はこちら

お問い合わせ

大田区立勝海舟記念館
145-0063大田区南千束2-3-1
03-6425-7608